阿蘇へ

義理の妹が来て最初の週末に、叔父叔母が経営するペンションを訪ねた。


早朝に出発し、のらりくらりと母の車で向かう。
巨大なカルデラとそれを囲む外輪山からなる広大な阿蘇の風景は、どこを切り取っても息を呑む絶景である。
途中草千里という大きな草原に立ち寄り、乗馬体験をした。ポコポコと一歩一歩丁寧に歩く馬の上で、阿蘇の山々を眺めた。
深く呼吸ができる。これがずっと恋しかった。
名産のとうもろこしをかじりながら阿蘇神社へ。

昨年、震災の約一月後に阿蘇神社を訪れた。入り口の大きな門は完全に崩壊し、周りの石段や柵などがものすごい角度に曲がっていたりした。
一年数カ月ぶりの神社には、参拝客の姿があった。外国人もちらほら見えた。
神社近くの小さな商店街を散歩している時、冷たいものが頭に当たるので振り返ると、竹細工の小さなお店を営む主人が竹製の水鉄砲でわたしたちを静かに攻撃しているのだった。妹は初めて見る代物に興味津々で、「やってみんかね」という彼の提案に応えていた。

わたしが店先に100円で売られていた草のバッタを見ていると、主人が「こっちこっち」と手招きをする。彼は店のわきに生えていた長い雑草をひとつ取ってきて、バッタのつくり方を教えてくれた。
夢中になってものをつくるのは久しぶりだった。2人で汗びっしょりになりながら一生懸命作った。心地よい時間だった。
紅茶味のご当地プリンをおやつに食べ、最終目的地へと急ぐ。


叔父夫婦が温かく迎えてくれた。
2人が北欧から取り寄せた木材で建設したペンションは20年ほど経った今もほとんどそのままで、来るたびに驚く。
叔父が日々注意深く丁寧に手入れをしているからであろう。昨年この地域を襲った巨大地震の面影も、特に感じなかった。



夕飯の時間も迫っていたので、着いてすぐに近くの温泉へ行った。
妹にとっては人生初温泉。
夫もそうだったが、とにかく他人と裸で風呂に入る、ましてや浸かりながら世間話なんて
「What's wrong with you people?」という感じらしい。
「タオルは持って入っちゃだめだよ」と言うと、「葉っぱならいい?ねえ、葉っぱで隠してもいい?」とうろたえながら訴えてくるので笑ってしまった。

緑に囲まれた露天風呂だった。少し熱めの湯が心地よい。妹は、あまりにも湯がなめらかなので手ですくっては首や腕にかけてはしゃいでいた。

風呂に浸かるという文化、もっと広めるべきじゃない??と真剣に思う。カナダの人たちなんて毎冬寒くて肩凝るんだからなおさら浸かった方がいいのでは…。
ここ黒川温泉地区までペンションから車でわずか数分なので、叔父は毎日のように温泉に入っている。うらやましいったらない。
妹もあがるころにはすっかり温泉を気に入り、2人で「気持ちよかったー」「オンセンサイコー」と何度もつぶやきながら旅館を出た。



さて、ディナーの時間である。
これが楽しみで来たと言っても過言ではない。
前菜からデザートまでかなりの量が出てくるのだが、とにかく一つ残らず美味しい。
叔父・叔母夫婦が選りすぐって取り寄せた食材と、庭で育てた野菜を使っている。

季節や収穫の具合によってその都度メニューは変わるのだが、唯一のスタメンとして毎回登場するのがこのリブ。これがまあ絶品。赤ワインと共にいただいた。

デザートの桃シャーベットと一緒に、叔父が焙煎したコーヒーを淹れてもらった。前回訪れた際に出してもらって、びっくりたまげた品である。私のような素人がコーヒーを語るのはおこがましいので避けるが、それでも、今まで飲んだ中で一番!と断言できるくらいには美味しかった。


しばらく食事の間に残って妹と話し、部屋に帰ってまた話した。
日本に来る前に例のセックス・トイをくれたボーイフレンドと別れたので、次はこんな人と付き合いたい!というのをリストアップしたらしい。
それを一つ一つたどりながらお互いの見解を言い合うという、なんとも女子っぽいことをした。
彼女の考え方と私の考え方は大概の分野においてかなり違う。彼女が堂々と見解を述べた後に私が真逆のことを言ったり突拍子もない質問をしたりすると、ぽかんとした顔で「ねえ、どういうこと?」と真剣に聞いてくる。
妹は我が強い方だが、誰よりも純粋で素直である。かわいいなあと思う。
わたしが見解を述べている間に、疲れて寝てしまった。


翌朝、同じ日に泊まっていた登山好きの夫婦と一緒に、叔父の案内で近所の「秘密の花園」へ出かけた。
「秘密の花園」では、この地域では見られない希少な植物を観察できる。
登山好きの夫婦は「これはもしや…!」「こんな花がここで見られるなんて!」と興奮気味にその希少な植物たちにカメラを向けていた。


叔父と叔母は、山の植物や鳥や昆虫について聞くと詳しく教えてくれる。
こんな風に、ただ自然の中でシンプルに暮らしている人たちがいることに今更ながら感銘を受ける。
彼らが暮らしの中で「大切にしているもの」は、明らかにトロントの人々のそれとは異なる。
ここにいると、わたしが日々悩まされているこまごました問題も、なんだかとてもちっぽけで、どうでもいいような気がしてくる。
散歩の後は妹と黒川温泉のあたりを歩いて散策し、阿蘇ジャージー牛乳を使ったアイスラテやかき氷を楽しんだ。



叔父夫婦に別れを告げ、勧められた河川プールに寄ってすこし泳いだ。冴えない天気と水温の低さ故全身水に浸かるのをしぶっているわたしをよそに、妹はさっさと飛び込んで楽しそうに泳いでいた。恐るべしカナディアン...となるも、結局彼女に引きずり込まれてしばらく一緒に泳ぐ羽目となった。
帰りに地元の定食屋でわたしはチャンポン、妹は親子丼を食べた。少し冷えた体にトンコツスープがしみる。後に叔母に「そこは唐揚げの超有名店よ。チャンポン、食べたの?」と言われたが、後悔はない。食べたらどっと疲れが出て眠くなった。


こんな感じで、熊本旅行は幕を閉じた。何度来ても必ず「あぁ。最高。帰りたくないなあ。」となる。
しかし、また来られてほんとうによかった。来年も必ず来よう。夫も連れて来よう。

プチ夏休み

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日本にいる。

 

気が付けばもう2週間近く経っている。

その間歯医者に通ったり、長い付き合いのある友人と神社を参ったり、高校時代の友人の家庭を訪問し赤ちゃんと遊んだりしていた。とりわけ何かしているというわけでもないが、充実している。

 

今回の帰省の意味合いとして、とにかくあの家から離れる、というのがある。

トロントでは夫の家族と住んでいた(帰ったらまたしばらく住む)のだが、義理の母のクレイジー具合がちょっと、いやかなり病的で、わたしは新婚早々人生最大のストレスを抱えていた。同じタイミングで夫の祖母に続き父が癌で亡くなった。大変な時に嫁に来てしまい、「結婚って…」と途方に暮れそうになったりもしたが、「いやいやまだまだこれから!わたしが暗くてどうする!」と自身を奮い立たせ、夫のサポートに徹した。しかしながら一番のストレスの原因である義理母の言動が良い方向に向かうわけもなく、「これは休息が必要」となり日本に帰ってきたわけだ。

 

帰ってきてからは母と暮らしているが、彼女とは波長が合い一緒にいて居心地がいい。常に適度な距離が保たれていてお互いほとんど干渉しない。小さい頃からわたしを一人の人間として見てくれていたので、変に親ぶって上下関係をつけたりもしなかった。それだから今でも一対一できちんと対話できるのだろう。

何より彼女は「課題の分離」ということについてよく分かっていて(父もそうだったが)、わたしがやるべきこと・やろうとしていることに対していつも「見守る」姿勢を一貫していた。「見守る」というのは、「ほったらかしておくけど、どうしても助けが必要な時は頼ってね」というスタンスである。

「課題の分離」という言葉は、わたしが今年に入ってから読んだ岸見一郎氏の「嫌われる勇気」という本に出てくるもので、これが非常に興味深い。

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哲人(哲学者)と青年の対話形式でアルフレッド・アドラーの説く心理学の真理に迫るというもので、その考察が独特で読み入ってしまった。

「課題の分離」というのは、「自分の課題(やるべきこと)」と「他人の課題」を完全に分けること。一人で靴紐を結べない子どもに「ハイハイ、ママがしてあげるからね」と言って結んであげる行為は「他人の課題への介入」であり分離できていない状態である。昔、彼氏が買ってあげた服を着てくれない!と文句を言っている友人がいたが、その服を着るか着ないかは彼の問題であって、彼女が気にすることではないのである。これが「課題の分離」。まあとにかく面白いので読んでほしい。

 

母にこの話をすると、「ああ、それはわたしもお父さんもよく気をつけて子育てをしてたよ」と言っていた。うちは親が両方とも教育に携わる仕事をしているのでたまたまこういう知識があったのかもしれないが、思えば幼い頃から「なんかうちはほかのおうちと違う」という感覚がぼんやりとあった。

夫家に入ってから感じていた言いようのない違和感とストレスが、言葉で定義されることによって一気に「ガッテン!」となり、いくらか気持ちが楽になったように思う。

今は、変に思い悩まず「さっさとお金を貯めて夫と家を出る」という小さな、しかし非常に重大な目標にむけて無心でコツコツがんばるつもりだ。

 

今夜、義理の妹が日本へ着く。彼女にとってこの旅行の意味合いは、きっと「離れる」こと、そして「見ること」であろう。妹は22歳の今まで家を出たことがなく、料理をする、友達の家に泊まるなどのごく平凡な経験さえも親の方針により制限されてきた。夫に言わせれば「井の中のバケツの中の蛙」である。女の子ということもあり、制限は夫の何十倍も厳しかった様(本人談)。

しかし彼女は最近、殻を自ら破りはじめた。先々月は母親と大喧嘩をして家出をした。わたしは彼女の家出を「よし、いいぞいいぞ」などと呑気に楽しんでいたが、家はけっこうな大騒ぎだった。家庭で起き続けてきた「当たり前」に疑問を持ち始め、少しずつ視野が開け始めたのだ。パーフェクトなタイミングでの日本旅行というわけだ。いろんなものを見て体験し、成長してほしい。

 

明日からはおそらく、あっという間に時間がすぎるだろう。

一日一日を、しっかり噛みしめる。

今朝

ココが死んだ。

朝からビーチで撮影だったのでバタバタと支度をし、もう出ようかという時に夫が告げた。7時を過ぎてもぴちぴち言わないので彼が不思議に思って寝床を見た時には、もう固くなっていた。あまりにも突然で、動揺した。彼女を外の木のそばに埋め撮影へと向かう。行きのバスの中、息苦しかった。心がざわざわして落ち着かない。原因を考えつくだけ考えた。食べものの栄養のバランスが悪かったのかとか、部屋の中の臭いだとか、ストレスだとか、立て掛けていた仕切の下敷きになったのだろうかとか。

けれども結局いくら考えたところで彼女は帰ってこない。

 

ココは雀の雌で、ある日夫が巣から落ちているのを見つけて連れて帰ってきた。まだ雛だった彼女に名前をつけ、大切に育てていた。

つもりだった。

 

数ヶ月前に夫の父が亡くなって以来染み付いていた重苦しい家の空気を、ココは少しだけ明るくした。 もう少ししたら外に出し、虫を食べる練習をして、時期が来れば自然に放すはずだった。

 

どんな風に死んだんだろうか、と考えると可哀想でならなかった。

無責任に命を預り、勝手に可愛がって満足していたじぶんを恨んだ。

 

帰ると、彼女が寝床代わりに使っていたカーテンや日よけなどがすっかりきれいに片付けられ、夫は朝と同じ格好でベッドに寝転がっていた。

あの重苦しい「死」の空気はまたもとのとおり、さらにわたしの部屋の中にまで充満していた。

 

サマーです。

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トロントの夏は美しい。

街のあちこちにある公園はとにかく広く見晴らしがいい。緑と青の完璧なコントラスト。マウンテンバイクを木陰におろし一休みするおにいさん。お昼寝中のカップル。ピンクや紫のサリーをまとった南アジア系のママたち。大きなハスキー。白髭革靴にだぶだぶのデニムジャケットのじいさん。ベンチで大笑いしている老夫婦。

こんな光景がたまらなく好きだ。ペンキがあれば空に「自由」って書きたい。

漢字だと尾崎臭がするから、「Freedom」がいいか。

とにかくこの「混ざってて当たり前」な感じはとても心地がよい。

トロントの人や文化への寛容さは、もはや空気のようになっていると思う。

自分の所属や存在をいちいち確認しなくても、もうすでに受容されているような感じ。

 

 

結婚して再びトロントへ戻ってからは、夫の家族と暮らしている。義理の母と叔父は中国系ベトナム人で、基本的に家では広東語で喋る(わたしと話すときは英語)。マンダリン(いわゆる標準語)に比べてスラングが多く、語調が強いので常に喧嘩腰のように聞こえる。来たばかりの頃は聞くこと自体にかなりストレスを感じていたが、今は大分慣れた。 慣れはしたが音として心地よく感じるのはやはり難しく、広東語に関しては喋れるようになりたい!という意欲も特にないので、ごく簡単な表現だけ覚えてあとは聞き流している。

 

義理の妹は、トロント生まれトロント育ち。英語が母国語で歳も近いのでよく話す。肌が浅黒く南米人のような体つきで声も低めで落ち着いているので、一緒に住む前は年の割に大人っぽい印象だったが、よく話してみるとやっぱりお年頃のピュアな女子大生なのだった。男兄弟しかいないわたしとしては、義妹とのショッピングや恋話はとても楽しい。昨日は付き合って5ヶ月の彼氏にもらった誕生日プレゼントがセックス・トイだったらしく、かなり荒れていた。

 

 

月末は夫と日系エージェントのイベントを手伝っている。フォトグラファーが主だが必要に応じて英語の翻訳もする。

加えて夫の職場に日本人女性が多いこともあり、ここ数ヶ月で新しい日本人の友達がかなりできた。

ワーホリ時代は「滞在中は日本人とは関わりません!」とまで極端ではなかったものの、ワーホリ日本人に対し謎の敵対心のようなものがにあり(笑)、若干かかわるのを避けていた部分もあったが、結婚・移民ともなるとそんなバチバチした感情も消え去り、むしろ積極的に楽しんでいる。トロントに来ている日本人と言ってもいろんな人がいて、それぞれ境遇や目指すものや価値観が違ったりして話すと面白い。他の国に長く住んでいた人の話なんか聞くのも新しい発見があって楽しい。

 

あと1週間ほどで、日本へ一時帰国する。

食べ物とか温泉とかいろいろある中、今回一番の楽しみは数年ぶりに弟たちと再会することだったりする。なんだかんだで大人になっても仲が良い。小さいころよく遊びに行っていた海でキャンプをする予定。夏のトロントは美しいと書いたが、美しい海という点では私の故郷には勝らない(というよりトロントには海がなかった)。夏といえば海でしょう、と思う。矛盾。いやまあ日本もトロントもどっちも綺麗ね。みなさま、よい夏を。

 

 

 

はじまりはじまり

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某友人に感化され、ブログを始めることにした。

 

南国から寒国へ。ど田舎から世界の大都市へ。勤めていた高校を退職後、カナダのトロントへ留学。そこで出会ったカナダ人男性と一年ほど前に結婚、カナダに移住。

 

まだまだひよっこだが、フォトグラファー。写真が好き。撮るのも、人が撮ったのを見るのも。今春、夏は今まで未開拓であったポートレートに挑戦すべく、多様なバックグラウンドを持つトロントニアンたちをモデルに撮影を行っている。 

 

カナダへ留学したことをきっかけに人生が思わぬ方向へ転がり続けている。本来ならば今ごろ地元の高校の教壇で古文やら漢文やらを教えながら、同級生たちのように毎日慌ただしく働いているはずであった。

 

冬には-20℃なんてザラの極寒の地で、白熊のような夫とその家族と質素な生活をしながらそれなりに自分のやりたいことを自由にやっている。将来的には、料理人である夫と「夫婦でちっこいカフェでも開こうか、日本で。」なんて話している。それもまた楽しそうで、すでにわくわくしている。

 

ブログと言っても正直何を書けばいいのやら…という感じなので、とりあえずカナダでの暮らしやそれを通して考えたことなどをまとめることから始めてみる。ワーホリ時代の経験、国際結婚のなにそれ、写真のことなんかについても、そのうち書いてみようと思う。アウトプットだいじ!!と、某友人は言っていた。

が、がんばろう!