寒国しろくまと夢のたび

カナディアン夫と暮らすトロント在住フォトグラファーの思考録

バースディ

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先日、誕生日を迎えた。

 

夜はダウンタウンのどこかにレストランを予約していて、そこで夫婦2人で夕食を食べる、ということだけ夫から聞いていた。

 

昼頃に家を出、久しぶりに買い物でもしようとショッピングモールへ向かう。

Anthropologieという、わたしのお気に入りのお店でワンピースを買ってもらった。黒の、ぱきっとデザインの映える綺麗なワンピース。エプロン型で重ね着できるようになっているのだが、胸元はV型にぎざぎざのモンゴメリー・カラー(襟)に、下の方に黒のボタンが縦2列に可愛らしく並んでいる。カジュアルにもフォーマルにも着られるデザインと生地で、今冬の活躍を期待している。

 

 

服を買ってもらった後は、夫の買い物に付き合った。

購入した薄めのセーターに着替えるというので化粧室前の椅子に腰かけて待っていた。一枚で着るには生地が薄すぎるかもねと指摘すると、小さな子どものように拗ねてしまった。最初に来ていたシャツを着ればいいよと伝えたが、これまた子どもみたいに嫌だと言い張って聞かないので、時間に追われながらディナーに着ていく服を選ぶのに歩き回った。結局、「それとおんなじようなの、持ってないっけ?」というような無地のカーキのセーターを買った。なんだか今日は様子が変だ。あまりのお子様具合と融通の利かなさ故、わたしは少しいらいらしていた。

 

せかせかとショッピングモールを出て、予約しているというレストランへ向かう。

どこへ行くのかと聞いても答えないので、きっと少し暗めの、雰囲気の良いバーで西洋のお料理をシャンパンと一緒にいただくとかそういう感じだろうと、College通りを西に向かって歩きながら思う。夫の様子はまだ少しおかしい。携帯電話をやたら気にしたり、お店に丁寧な口調で「あと5分遅れます」などと電話を入れたりしている。5分遅れるくらいで電話を入れるような律儀な人ではない。どんな大そうなお店を予約したのだろう、わざわざ秘密にしなくたって、と思う。

 

ますます怪しさが増す中、夫が「ここだ、ここ」と言って立ち止まった場所があまりに予想外で拍子抜けした。とその数秒後に、「あ、ここは!」とすぐに認識した。トロントではわりと名の知れた沖縄料理屋である。数人の友人から「あそこは美味しいよ」と聞いたこともあり、気になっていた場所だ。予想は外れたものの、久しぶりの日本食!しかも沖縄料理!ということで気分は一気に高揚した。

伝統的な懐かしい、というよりは広々としたモダンな、しかし温かみのある空間だった。店員の誘導でテーブルへ向かう。木製の巨大なテーブルは中央にある流木のディスプレイを囲む形で、その上に等間隔にお皿やメニューが置かれている。そのうちの二つを店員は指差し、ここですと言う。他の客と相席らしい。がっかりした様子のわたしに夫は「This is Okinawa style!」などと呑気に笑っている。このオケージョンで沖縄スタイルとやらは無用だろう。そもそもこれは沖縄スタイルなのか。どちらでもいい。さっき感じた高揚感は少しずつ冷めつつあった。夫の思考回路が分からなかった。

 

とその瞬間、照明が落ち、「あの曲」がおもむろに店内に流れ出した。鈍感な私は「ハイハイ、沖縄スタイルね」と半分やけになりながらハンカチを取り出そうと鞄の中をごそごそしていた。急にワァッと歓声のようなものが聞こえた、と同時に、見覚えのある人たちが目の前にある小さな廊下から「ハッピーバースデー!!!!」と叫びながらぞろぞろと出てきた。先頭の友人は満面の笑顔で大きなケーキをわたしの前に運んできた。すべての謎が解けた。夫が計画していたのはこれだったのだ。十数人の友人たちがわたしを囲み、祝福の言葉を次々とわたしに浴びせた。本当に久しぶりに会う友人もいた。長らく顔を見ていなかったイタリア人の友人は「会えてうれしいよ」「おめでとう」とほっぺにキスをしてくれた。みんながにこにこしながらわたしを見ている。しかし一番幸せそうに笑ってわたしを見ているのは夫だった。わたしは、幸せ者である。心からそれを実感した。

 

夫がサプライズ好きなのは知っていた。昨年のクリスマスに、わたしの好きなブランドのブレスレットを3つプレゼントされた。ここだけの話、わたしはサプライズで物をもらうのをあまり好まない。もちろん「ありがとう」は伝えるし、気持ちは嬉しいので感謝する。それでもやはり自分なりのこだわりがあるので、恋人にプレゼントされるのなら一緒に行って自分で選んだものを買ってほしいのだ。なんだか可愛げない。分かっている。けれど自分の欲しいものを買ってもらえたらそれで100%ハッピーなのだから、高度な技術を要されるサプライズ大好き系女子よりもよっぽど扱いやすいのでは、とも思う。今回夫には「サプライズギフトは用意しなくてもいい」と事前に伝えていたのだが、違う形でサプライズが待っているとは予想していなかった。

 

こちらのレストランやバーでは、客一人のためにお店ぐるみでサプライズをするということは稀である。今回は友人の一人が店のオーナーと知り合いであったために、特別に許可してくれたらしい。友人一同は30分も前から店に来てスタンバイをしていたという。夫が携帯を気にしていたのも頷ける。バースデーケーキは、夫が来週からマネジメントすることになっている、まだオープンしていないベーカリーの新商品を彼がボスに頼み込んで作ってもらったようだった。夫の気持ちが素直に嬉しかった。服を異常に気にしたり、そわそわしていた時の彼を思い出し、笑いが込み上げてきた。その不器用さが途端に愛おしくなった。四角形のテーブルを囲み、友人たちと美味しい沖縄料理を肴に呑んで話した。2人だけの静かな夕食も素敵だけれど、こんなのも愉快で良い。温かい満たされた気持ちのまま、宴会は幕を閉じた。

 

友人たちからそれぞれプレゼントもいただいた。

酒屋のギフトカード、ファンタジックなブックマーカー、日記帳、撮影用のリフレクター、象のマグカップ、写ルンです、キャラメルとくるみ入りのチョコレートなど。

使えるものしか、ない。みんな分かってるなあ。ありがたや。

 

「〇歳の抱負は?」と友人の一人に聞かれた。のでちょっと考えてみる。

  • 家を出る。
  • 生活の質を上げる。
  • フィルムフォトグラフィーに挑む。
  • あらゆる芸術に触れる。
  • 「知ること」に更に貪欲になる。
  • 収入源を2~3つ持つ。

この6つかなあ。すべては夢に近づくため。いい年にしよう。

 

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