寒国しろくまと夢のたび

ゆかばんカナダライフ

食べること。今よりちょっと幸せになれる生き方。

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先日行ったBata Shoe Museumにて。 

 

 

昨夜は夫の誕生日パーティで盛り上がった。

「パーティで出す料理はすべて手作りしてほしい」「オムライスが食べたい」という彼の要望にこたえ、久しぶりに張り切っていろいろ作った。とりわけ先月あたりから日本食を恋しがっていた夫のために、すべて日本の家庭料理にしてみた。

オムライス、ポテトサラダ、筍としそのつくね串、唐揚げ、いなり寿司。

オムライスは彼の大好物で、こちらで暮らし始めてから何度も作っている。「卵でとじるのをひとつひとつしないといけないから、オムライスはパーティ料理には向かないよ。一気に出せないじゃん。」と事前に言ってみたけれどどうしても!と言うので、結局パーティに来てくれた人たち一人ひとりに時間差で出した。日本発の料理だけど、使う材料はこちらの人たちになじみのあるものなので口に合うんだろう。みんな喜んで食べてくれた。

今回の唐揚げは、「食戟のソーマ」という料理をテーマにした漫画(アニメもある)に出てくる唐揚げのレシピを参考にしたのだが、これがかなり美味しかった。仕込みの時に、にんにくやしょうが、しょうゆ、酒などの基本の材料に加えて林檎と玉ねぎをすりおろして入れる。スパイスにブラックペッパーと一味唐辛子も(今回はなくて断念)。りんごと玉ねぎのおかげで身がやわらかくできた。

夫の親友(アニメ好き)に話すと、「これ超美味しい!!第5話に出てくるやつでしょ?」とかなり興奮気味。彼はわたしがこれまで近しくなった人類の中で、ダントツでかい。2位の夫にものすごい大差をつけて1位。ならぶと夫が小さく細く見えるから困る。お調子者だが、人当たりがよくとても優しい。彼をはじめ、夫のよき友人たちと共に飲んで食べて遊んで笑って、とても賑やかな夜だった。

 

  

今朝、右腕と手先がうまく動かず筋肉痛のようになっていたけれど、今料理のラインナップを見て気づいた。みじん切りとかダイスに切るのとか、とにかく細かいカット作業が多いものを詰め込みすぎていた。以前こちらのオイスターバーのキッチンで働いていた時にこんな風に細かく切る作業をよくやったなあ、と思い出す。すぐに「あ~手痛!」となっているわたしをよそに、ヘッドシェフはいつも包丁をスッ。スッ。と入れながら淡々と材料と向き合っていた。彼は厳しい人だったけれど、料理する姿が美しく凛としていて、わたしはいつも見ていた。料理人って本当、かっこいい。

 

 

 

 

 

わたしの夢の一つに、「テーブルがパッと華やぐ料理をサラッと作れる奥さんになる」というのがある。広々とした食卓にお友だちを招待して、または夫と二人で(そのうち家族で)、ゆったりした幸せなひとときを演出する。その第一歩として、何か月か前にいろんな国のサラダを毎週作ってみんなに振舞う、ということをしていた。

トロントに来て、幸運にもいろんな国の料理を食べる機会があるのだけれど、国によって料理の見せ方は様々で、その違いを肌で感じるのは面白い。例えば中国料理なら、厨房のフライパンからその熱々の温度のままドーン!!と大皿に盛られて出てくる豪快さと強いスパイスの香りが食欲を掻き立てる。量もすごい。来た瞬間にシンバルがジャァーーーンと鳴りそうな感じ。運ばれてきた瞬間に食らいつきたくなる。一方フランスや日本などは、バランスをとても大切にする。見た目も重要。皿の種類、余白、色彩、配置もきちんと計算して盛り付ける。皿が来たらまず、視覚でその料理を楽しむ。口に運んでそれぞれの食材の触感や味を繊細に感じ取る。料理全体が「作品」という感じ。

 

 

視覚と食欲というのは本当に強く関係しているな、と認識し出したのは夫の家で暮らし始めてからだ。そういう文化なのだろうか、この家の人たちは皿や箸の種類、色、素材なんかにはほんとうに無頓着で、銀色の軽い器(かつてのわたしはずっと犬用に用意してあるものだと思っていた)に米でも野菜でもなんでも一緒に入れて食べたりしているから、料理に関してもまあ味さえよければ何でもいいのだろうと思っていた。

けれどよく観察してみると、みな無意識ながらやっぱり見た目を美味しさの判断材料にしている。この家庭では基本的に毎日中華かベトナム料理が出てくるのだが、肉メインの料理の場合、どうしても色合いが茶色っぽくなる。例えば肉+いも類のみの時なんかは必ず残る。ところが、わたしが次の日残ったそれに少し人参と菜っ葉を加えて、ついでに卵も添えて、しれっと台所に置いておくとそのうち無くなっている。同じ味付け、同じ料理なのに。わたしがもしあの肉と芋にさらに茶色を加えていても完食はされなかったはず。赤、緑、黄色が加わってみんなが「お、食べてみようか」となったんだろう。

 

料理によって器を変えたり、色のバランスを考えたりするのは楽しい。かなりピッキー(好き嫌いの多い)な義理の叔父も、わたしの料理は「綺麗で美味しいから」といつも食べてくれる。見た目で確かに食べる人の幸福度は上がるのだ。ちょっとネギを添えてみるとか、野菜の切り方を変えてみるとか、買ってきた惣菜もきちんと器に盛って食べるとか、そんなことでもずいぶん違うものだ。食べるために食べるんじゃなくて、楽しむために、幸せを感じるために食べる。将来自分で家や家族を持った時、食卓の在り方にはきちんとこだわりたい。

 

 

 

ちなみに、わたしの夫は料理人である。

嬉しくも悲しくも、わたしよりも料理がうまい。付き合って初めてわたしが腕によりをかけて生姜焼きと豚汁を作った時、生姜焼きの付け合わせのコールスローに塩を入れすぎだとダメ出しされてキッチンで泣いたことがあった(懐かしい)。彼は日本食こそ素人だが、その他いろんな国の料理を作れる。スパイスにも詳しい。レストランに行くといろいろ料理について解説してくれるので、しょうゆとみりんと酒があればだいたいどうにかなるだろうなどと安易に考えている日本人妻のわたしにとっては本当にいい勉強の場である。彼のおかげでいろんな国のいろんな美味しい食べものを知れた。

 

そういえば、友人の一人が「理想の男性の絶対条件は食べ物に興味がある人!」と断言していたけれど、今になって「確かに」と納得している。一生コンビニ・スーパー弁当でいいなんていう人とは正直付き合いづらいかもしれない、とちょっと思った。「食」はわたしにとってかなり重要な位置を占めている。まあこんな風に今「食」についてあれこれ考えられるのも、両親が小さい頃からきちんとしたもの食べさせてくれたおかげだろうから、感謝せんとなあと思う。

 

 

 

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なんだか誕生日会から脱線?して食についてあれこれ書いてしまった。まあよし。

 

 

 

 

 

ここ数週間、特に意識しながら生活していることがいくつかある。

これをし始めてからよりハッピーになった気がする。シェアしてみる。

 

1.「自分にとって心地よい空間で過ごす」

2.「会う人、タイミングを自分基準で選ぶ」

3.「お金をポジティブに受け取る」

 

この3つ。

1.「自分にとって心地よい空間で過ごす」

 

何かをする時に、自分の気分が上がる、心地よいと感じる空間で過ごす。とにかく自分の身を置く環境にこだわる。

例えばただ本を読むにしても「インテリアの素敵なカフェで読もう」と決め、実行する。その時に「メイクしてないし家出るのめんどくさい」「外寒そう」「〇〇カフェの方が安いし・・」とか色々無駄な思考が出てくるけど退ける。とにかくやる。

街を歩いている時も、自分の気分の上がる服屋や雑貨屋に入る(別に買わなくても、「可愛い♡」「あんな服着てみたい!」「落ち着く~」みたいな感情を味わえればよい)。「今金欠やし、H&M(例えば)行ってなんか見てみるか」とかはしない。

 

2.「会う人、タイミングを自分基準で選ぶ」

 

これはほんと大事だな~と最近思う。うんうん。

どうして人と会うのか?って考えた時に、わたしの場合は主に

・「自分の知らない世界を知る人から新しいことを吸収したい」

又は

・「自分の興味のある分野のことについて深く掘り下げて話したい」

 

というのが理由。愚痴大会をしたいとか、芸能ゴシップ話で盛り上がりたいとかではない。

この理由の部分は人によって様々だと思うけれど、とにかく行く前に「この集まりに行って、わたしの心は満たされるだろうか?」と自分に問うて、「うーん微妙」「違うかな」って感じるなら断る、行かない。時間は有限だし、「あの人付き合い悪いよね~」とか裏で小言を言うような人たちに好かれなきゃいけない理由もない。

これをすると、一時的に人と会う頻度が減って一人の時間がかなり増えるのである意味孤独だけれど、本当に有意義な時間を過ごせる人たちとの時間を大切にできるし、自分に正直な分ストレスがないから大分楽になる。

ただし、全く新しい場所・コミュニティに行く場合はあまり考えずにフットワーク軽く行くようにしている。最初から自分に合うかどうかは分からないし、何か新しい出会いや発見があるかもしれない。

 

3.「お金をポジティブに受け取る」

 

前にも書いたけれど、わたしは現在ビザ事情により仕事ができず、夫のお金で生活している。夫と言えど、ずっと「誰かのお金で生きている。申し訳ない」みたいな気持ちがどこかにあって、できるだけ使わないようにしていた。だけど当然、申し訳ないと思いながら生活しているとストレスもたまるし、何か購入するたびに罪悪感がつきまとう。

先日母から電話で「ボーナス出たから銀行に少しお金入れといたよ」と言われ、例のごとく「本来ならば経済的に自立してる歳なのに迷惑かけて申し訳ない」と思いながら聞いていた。

でも気づいた。

 

「これ、誰もハッピーにならない!!」

 

夫や母は、わたしがお金を受け取って「ああ、申し訳ない」ともんもんとしながら生きていくことを望んでいない。無論、わたしもそうは生きたくない。

せっかくもらうなら、わたしが少しでもハッピーになることに使って「ああ幸せだー!」と思いながら生きた方がいいじゃん。それだと渡した方も嬉しいしWIN-WINじゃないか。なんだ、簡単なことだ。

 

 

ということで、以来好きな本や雑誌を買って写真の勉強をしたり、ずっと欲しかったジーンズを買ったり、積極的に街へ出て1(上記)のような空間へ足を運んだりする生活を始めた。驚くほど気分が軽くなったし、自分の本当に好きなもののみにお金を使えていて、心が満たされている。満たされているので感謝の気持ちが増え、それが行動につながり、結果的にくれた相手に別の形で還元されるというポジティブなサイクルが生まれている。お金をもらえること=ポジティブなこと、というよくよく考えたら当たり前のことが、思い込みゆえに完全に死角にあった。思い込みって恐ろしい。本当に気づけてよかった。

 

 

というようなことです。

これらを行動に移しだしてから、さらに自分のことを深く知り正直に前向きに過ごせるようになった。ものごとがよりシンプルに、楽になった。

日々に悶々、もやもやしている人がもしいたらぜひやってみてね。

 

 

 

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トロントはすっかり雪景色。美しいけど残酷なくらい寒いです。

今日はただ、思考のおもむくままに書いてみましたとさ。