寒国しろくまと夢のたび

ゆかばんカナダライフ

大晦日inトロント。2017年を振り返ってみる。

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年の瀬ですね。

 

2017年ももうすぐ終わる(カナダ時間)。

何だか本当にいろいろあった年で、今頭の中をいろんなものが駆け巡ってる。

しいて一言で言うならば2017年は「自分ととことん向き合った年」。今まで生きてきておそらく一番悩んだ。3年前に初めてカナダへ来てから、人との出会いや経験によって毎年自分の考え方や価値観はアップデートされているのだけど、今年はちょっとこれまでとは違う成長の仕方をしたな、と思う。

 

 

バランスを意識した年

カナダへ留学してきてから今年の初めまでの2年間は、アウトプット(自分の内側を表現、発信するための能動的な行動)をひたすらやってきた。学校でも職場でもプライベートでもとにかく英語を喋りまくり、休みの日も人に会う機会があればどんどん出向いた。現在の夫と付き合いだしてからは彼の言うフレーズを真似して使ってみたり、発音やリズムを練習してカナディアンたちの集まりで通じるか試してみたりしていた。ほんとうにこの2年間はいろんな人に会ってたくさんコミュニケーションを取っていた。「自分を表現すること」の楽しさを知れた大切な時間だったな、と今は思う。 

 

今年は、特に後半かな、インプット(アウトプットの基になる知識や技術、教養などを蓄えること)をかなり楽しんだ。目まぐるしいアウトプット期間を経てほぼ忘れかけていたけど、何の分野においても成長にインプットは不可欠。バランスが大事。家やカフェで勉強したり本を読んだり、人の書いたものをインターネット上で読んで違う価値観に触れたりする時間がけっこうあった。この1年でバランスのとり方がちょっとずつ分かってきた。よかったなと思う。

 

2017年に行ったアウトプット作業

  • 写真用のホームページ、Instagramを開設
  • このブログを始める
  • 春~夏にポートレートセッションを実施
  • 本やインターネットで学んだことを文章や図にまとめる
  • 日本語学校でのボランティア
  • 留学エージェントのアシスタント

2017年に行ったインプット作業

  • 本を読みまくる(未知の分野の本を納得するまで何度も読み返して落とし込む作業をけっこうした。そう言えば小説一冊も読んでない。)
  • 写真・カメラの基礎知識、撮影技術、編集方法の勉強
  • 写真に関する記事を英語で読む
  • 人の書いたブログや記事を定期的に読む
  • インテリアデザインの勉強
  • 国内外の写真家、アーティストの作品に触れる

 

何をそんなにインプットしていたのかと言うと、一つは写真関係。これは実践と同時進行で勉強し、身に付けたことがたくさんある。春夏のポートレートセッション中にうまくいかなかったことや実践で疑問に思ったことなどを書き出して「プロはどうやっているのか」を調べたり、編集・修正のスキルを本やインターネットで調べながら学んだりした。あとは既存のアーティストたちの作品を見たり、自分の嗜好を知るために好きな写真や絵、デザインなどをスケッチブックに貼り付けたりもした。

もう一つはざっくり言うと「生き方」の模索。「自分はどうやって生きたいのか」を真剣に考えた年だったから、わたしが思う魅力的な人たちの「生き方」を吸収できる本や記事、ブログ等をたくさん読んだ。読む→咀嚼する→自分に置き換えて考える→実際に行動してみるというのをひたすら繰り返した。この模索期間に得たものはほんとうに大きかった。とても充実していた。

 

今はインプット期間を経てまた「行動したい欲」の波が来ている。学んだことを試したい。なんだか自分で自分を実験してるような感じ。ちょっと変態っぽいな。。 行動する時って勇気がいるけど、でもやっぱり今よりよくなりたいから。来年はもっと自分にむちゃぶりしまくろうと思う。この2つのバランスの取り方についても、付き合っていきながら自分に合うやり方を見つけたい。

 

 

 

小さな挑戦の年

今年はいろんなことに挑戦した年だった。

変わったというか、その傾向が一層強まったなというのが、何かを始めるときに「やったら楽しそう」「なんだか分からないけど興味がわく」という自分の直感や気持ちに沿ってやるかどうか決めるということ。これまでの自分の傾向とか、経験上実現出来そうだな~ということを無意識に選んで行動していた頃が昔はあった。高校の時とか。今のところ国語しか得意なものないし国語の先生になるしかないか、みたいな思考だった。「やってみるまで楽しいか、うまく出来るかどうかなんて分からない」んだし、とりやえず何でもやってみよ、ぐらいの気持ちでいろいろやる方が楽しいなと思う。

 

2017年にした小さな挑戦

  • ポートレートセッション with トロントの大学生(4月~7月)
  • ポートレート作品作り(2日間)
  • 式典での集合写真撮影
  • エンゲイジメント・フォト撮影
  • デザイナー作品の物撮り
  • 現像、Photoshop
  • 日本語の宿題の添削
  • Website作成
  • フィルムカメラ
  • 世界のサラダ作り
  • インテリアデザインの勉強
  • ジムに通う、スクワットチャレンジ
  • 洋画やドラマをを英語字幕でたくさん観る
  • マインドフルネス、ヨガ
  • 結婚式の余興(初)

 

こんな感じかな。好きなことやできることが毎年増えていくのはやっぱり嬉しいな。もうすでに2018年にやりたい!と思っていることが山ほどあるので、それはまた追って書くとする。

 

 

 

「家族」について考えた年

これはかなり大きなテーマだった気がする。結婚後、2016年秋に再びカナダに戻ってきてから夫の家族と一緒に住んでいる。わたしが戻った時点ですでに義理父の癌はかなり進行しており、無念にも今年の春に亡くなった。それまでは毎日病院と寺を行き来し、彼のために尽力する家族に寄り添った。 

 

今年は「家族の在り方」はこんなにも違うのかと気づき、悩み、考えた年だった。夫の両親は国籍や文化はもちろん、考え方や価値を置くものがわたしの家族とは全く違う。「自分の幸福を犠牲にしてでも家族を守る」とか、「恨みつらみはあれど血がつながっている以上関係を継続するし助け合う努力をする」とか。わたしにとっては決してそうではないものが、彼らにとっては真実であり正義であったりする。頻繁に怒鳴りあったり傷つけあったりしているのに、次の日には「家族が一番」「家族を愛している」と言ったりしている彼らにどうしても賛同できず、困惑し、一人苦しむこともあった。

だいぶ前に、夫と私の父がお酒を酌み交わしながら「家族」についてちょっとした討論になったことがあった。「自分がいよいよ死ぬ、となった時に子どもに何をしてほしいか」ということについて、わたしの父は「自分の子には、世界のどこかで幸せにがんばっていてほしい。わざわざそれを投げ出してまで来てもらわなくても構わない」と言った。夫は「それは違う。家族が大変な時にはみんな一緒にいるべきだ」と言う。結局最後までかみ合わなかったので私がとりあえずその場は終了させた。

 

わたしが父のこの意見を聞いたのは初めてだったけれど、わたしもどちらかと言えば父に同感だった。家族と言えど個人は尊重されるべきだし、そこで会いに行くか行かないかは子どもの自由であり義務ではないと思う。けれどこうして今年夫の家族と向き合いながら感じたことは、「家族の在り方」に正解も不正解もないということ。彼らの信念は、彼らが一生懸命生きてきた過程で創造してきたものだ。「違うことは当たり前」なのだ。彼の家族を見つめることによって、わたし自身の家族の在り方やそれが今のわたしの価値観にどういう影響を与えているのかということを客観的に見ることができた。そして将来わたしが自分の家族を持つことになった時、どんな風に家庭を築いていきたいか考えるきっかけとなった。

 

違う価値観を受け入れるというのは相当難しい。今年はそれで何度も苦しい思いをしたけれど、それでも少しずつ前には進んでいる。おそらくこれは一生向き合っていくテーマだからこれからもきっとたくさん悩むんだろうけれど、周りを見渡して視野を広げながら少しずつ自分の信念を築いていけたらいいな、と思う。

 

 

 

質問まみれの年

今年は自分自身にいろんな問いを投げかけ続けた。冒頭にも書いたようにとことん自分と向き合った年だったと思う。自分自身を知ることの重大さを知った。先人の生き方を観察し、自分を分析し、とにかく質問攻めにした。また変態になっている。いやでもほんとうに、ほんとうに大事なこと。

「わたしはほんとうは何をしたいのか?」「なぜ今もやもやしているのか」

「これができない原因は何?」「わたしが大切にしたいものは何?」

「わたしは何をしたらときめき、感動するのか?」

「どうしたらもっと楽しくなるか?」

・・・

自分への質問も然り、人と話すときも、意識していろいろ質問した気がする。自分が知らないことや吸収したいと思うことをたくさん知っている相手には怖がらずにどんどん聞く努力をした。その答えを持ち帰ってもう一度深く考えてみたり、自分自身と照らし合わせたりした。

 

わたしはよく人から相談を受けるのだけど、自分で何を喋っているのか分からなくなる人とか、問題のまわりをぐるぐる回っていてなかなか抜け出せない人などの場合は「この人は本当は何に悩んでいるのかな?最終的にはどうしたいのかな?」「どんな質問をすれば問題に自分で気づけるかな?」ということを考えながら、気をつけて喋った。心理学者かカウンセラーになったような気持ちで。今年はさらに上空から客観的にものごとを観察する能力がついた気がする。

主観を取り除いて人を客観的に見ることができると、自分のことも遠くから眺められるようになる。まあ自分のことを客観的に見るのは何倍も難しいんだけれど。そうやって気づいたことをノートに書き起こしたのもよかったな。

 

質問し続けてよかったことは

  • 普段無意識に考えていることに気づいてネガティブな思い込みを払拭できたこと
  • 感情に素直に従って行動できるようになったこと
  • 自分が幸せかどうかという基準で言動を決められるようになったこと
  • 「これからどうしたいか」を明確にできたこと
  • 難しいことでも楽しくやる方法を工夫できるようになったこと
  • 言葉にできないモヤモヤやいらいらの原因を突き止めて対処できるようになったこと

 

 

 こんな感じでしょうか。

・・・なんかこう、今文字に起こしてみて、ほんとうにこの悩みまくった1年は意味があったんだなと思う。よかった。これからも一生懸命生きようと思う。

 

 

 

 

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 このブログを読んでくれている心優しい友人たちへ。いつもありがとうございます。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

もう日本の正月をスキップし出して今年で4度目、初詣とかおせちとかの写真を「いいな~」と思いながら毎年見ています。トロント、大晦日の今日は-22℃まで冷え込む模様。

 

これからもちょいちょい気まぐれに更新する予定ですが、ブログの内容に関して「わたしはこう思ったよ~」とかあればぜひ教えてください。そうでなくても、近況の報告とかね。どうしてもカナダにいると日本と疎遠になるけど、けっこう、みんな元気なのかな、とか気になっているのですよ。気軽に連絡してくれたら嬉しいです。

2018年もみんなにとってかけがえのない幸せな1年となりますように。

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ということで皆様、よいお年を。また来年。

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